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出産退院後のそれから・・

2007.10.10.18:56

確か、初産の産後入院期間は5日間。
実質5泊ですね。

月曜の朝に産まれて土曜のお昼に退院出来たので、
なんとも好都合

ようするに、破水騒動の入院から退院まで
仕事を気にせずパパに送迎してもらえたので一安心。

ただ、パパ本人としては
一旦、自宅へ帰されて結局立ち合いすら出来なかった事を
今でも悔やんでいる様です。

担当の先生も思いの外、早かった逆子分娩に思わず
「安産でしたね」と・・。

しかし、産後の肥立ちとはいうものの
当初はほんとうに元に戻るのか!?この身体・・;
とまた別の不安課題に悩まされ。

そんな母の悩みをよそに
退院2日前に命名を受けた「ha~ちゃん」は、
寝たい時にはよく眠り、泣きたい時には泣いて
なっかなか思うように出ない飲めない母乳に苦戦もし、
わりと小柄な泣き声もかわいい感じ?の
新生児でありました。

ただこの時の彼女の悩み事といえば
これも女の子らしく少々便秘ぎみでありました。
そう、看護士さんからミルクをもらったら快調に・・
ごめんな、ママもがんばるし

初めての帰宅

初めての帰宅
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2005年11月7日*その3*誕生

2007.10.09.16:19

この9時からが・・怒濤の1時間でした。

逆子での出産にあたり、
赤ちゃんの現在の体勢は常に要チェックで
注意することの一つに
「いきみ過ぎに要注意!!」があります。

助産士さんに「はい!今いきまないで我慢して!」
といわれる言葉が辛くて仕方なかったです。

どういうのか下腹にかかるすさまじい中からの圧力に
自分の身体全体で力一杯ふりしぼって
耐えている・・・という感じでしょうか。
手すりをつかむ両手は筋張ってキンキン、
腰は痛くて痛くて仕方がない。
でもいきまずにはおれないのです。

促進剤の効き目も手伝ってか
いきなりキョウレツな痛さがおそいかかるし
我慢もなにも、どう対処してよいものか・・・

何度何度とこの言い様のないものに
「いきみ」と「我慢」を繰返し・・・

もう、無理です!我慢?って何??
もう、思いっきり力一杯かけないと無理!無理~~!!
のその時に
担当医の先生がいよいよ定位置にスタンバイ。

運が良かった事は、担当の先生が宿直だったこと。
病院にかけこんでから出産までを終始みてもらえたのです。

(私が愛染橋を出産する病院に選んだ理由の一つに
 何かしらのリスクを抱えた妊婦さんでも受け入れてくれ る。
 というのがありました。
 もちろん、4ヵ月やそこらで「逆子になるから愛染橋」
 にした訳ではなくて。
 20代前半頃から子宮内膜症を抱えていたから。)

先生が位置についたその後、
私の右脇におもむろにあらわれたもう一人の
産科の先生・・・
「自己紹介と何やらの説明」をし・・・
「じゃ、乗りますよ!」
「押します~」

私のお腹の上に乗られ、まさに「押し出し」を始めた。

びっくりも束の間、もうこうなったら早い事
押し出しちくり~の心境。

担当医の先生の指示の声と、助産士さんの介助の手。
それにもう一人の「押し出し」担当の先生のかけ声と、
力一杯、握らせてもらった看護士さんの手。
(たぶん、あの看護士さん後からかなり手痛かっただろうな;)

・・・何度何度繰り返したでしょうか?
意識がとびそうだ・・・・
先生が「はい!もう出るよ、頑張って」
・・・「・・・10時5分、元気な女の子ですよ*
    おめでとう

身体中の力がどどっと抜けた。でも小さくふるえてました。

少しきれいにしてもらった娘を、
胸の上に抱かせてもらった。
10ヵ月お腹で体感していたベビとの初めての対面*

なぜかぱっちり大きなおめめをひらいて
こちらをみてにっこり笑ったように見えた。
渾身の力をふりしぼって頑張ったベビと私の
無言の「やったね」に思えた。

この後に続く
産後の身体の痛みやいきみの筋肉痛、
拷問としか思えない初乳のしごとなど
知る由もなく
「お・わ・った~」と、
安堵感にひたっておりました。

2005年11月7日*その2

2007.10.08.01:00

破水したらすぐ来て下さい。

担当の先生にも言われていたし、
逆子で破水・・
課題が増えた;

慌てて病院へ電話をし、
(慌ててバスタオルも破水止めにあてた)
入院バッグと予備バスタオルを持ってもらい
ヨボヨボといよいよな目前の不安を
抱えながら自家用車にて出発。

「はな~行ってくるよ~
頑張ってくるからね~」
夜中の破水騒動に何事かと耳をピン!と立てて
様子をうかがう黒ウサギのはな*に声をかけて。

着いて
処置室で手当を受けている間じゅう、
隣の壁の向こうから
陣痛で激しくうなる妊婦さんの声。
時折静かになり、また始まる・・・

近い自分の様子かと思うと
表現しようのない緊張感;;;

私は一旦、病室に返された。
時間の経つのが長く長く感じられた。

5時半頃、「え?これがそうなんちゃう?」
腕時計でしばらく確認。
「痛いの5分間隔で来てる~!!」

6時に陣痛室へ移動。
ここからは断片的な記憶。

痛みをこらえて呼吸を整える事に
意識するあまり、途中過呼吸になり
助産士さんに袋をあててもらったのと・・
8時と9時に2度の促進剤を入れてもらった事。

この2度目の9時の促進剤がキョウレツでした。

痛くて我慢出来ない、
「ひっひっふ~」の呼吸なんて出来るわけ無い!!
「先生、もう無理ですぅ~」多分半分泣いてたと思う。

時計をみて先生がいよいよの戦闘体制に入った。

<またまた続く>




2005年11月7日

2007.10.07.23:48

出産予定日は11月8日でした*

私が11月5日生まれなので、
ごくごく個人的に
「ひとつ歳を取るまでに産んでしまいたい;」
なんてささやかな希望も空しく?
何事もなく5日は過ぎてゆきました。

そういえば、10月下旬くらいから何日間か
夜中にしくしくとお腹の痛みで目が覚めるという日が
続いたりもしていました。
微弱陣痛というものらしいです。

6日は日曜でした。
お腹も重たいし、もうそろそろ出て来ていいよ~!
日曜なら陣痛きてもパパがいるから安心。
なによりまず一番の不安が
初の本式陣痛に平日のひとりだった場合、いかにして
病院へ向かうのか~
って事でした。

昼、夕方、晩ご飯もすみ・・
やれやれ今日も過ぎてゆくのか~。。。

日付けは変わって・・7日
夜更かし妊婦はリビングのソファで寝っころがりながら
確か、携帯電話をいじっていたんだろうか・・?

・・・ボコ!!!
右下腹あたりを内側から思いっきり蹴られた感触が
『音』とともに(音は実際にはなかったんだろうけど)
突然起こり、その直後・・・
「じぃ~わぁ~」・・・え?何??
なまあたたかい??

は、破水したぁ~

<続く>

やっぱり帝王切開は避けたかった・・

2007.10.06.03:40

そして、いよいよどちらにするか!
の答えを迫られた時・・・

やっぱり一人めで(二人めがあるかはわからないが)
いきなり帝王切開は出来れば避けたい!!
と強く思いました。

そもそも逆子でも
どちらにするか・・を選択出来たのも
もちろんお腹の中のベビの体勢にもよりますが
「逆子で自然分娩」という選択肢があったのも
愛染橋の当時、担当医だった先生だったからだとも
思っています。

今はなかなかベビとママのリスクをはってまで
そうはさせてくれる病院は少ないみたいですし。

最終的に産気づいた時まで
ちゃんとぱたんと足を顔につけた前屈のような
体勢でいたのでそれも可能となったのです。
もちろんお尻が下。頭、上。で。

そして・・いよいよ未知の世界へ・・・
最大の大シゴトが。

2005年10月のベランダ

出産前のうちのベランダのうさぎ
*script by KT*
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Author:まるにじこ
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やんちゃ娘「ha~」とのあれこれを綴っていきます。2011年1月末に旅立ったネザーランドの黒ウサギ「はな」は今もわが家の癒しです。

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